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2006年8月15日

夏・一考

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この明かりが消えませんように


今日は終戦記念日。
朝からいろいろな人がいろいろな言葉と行動で、社会は熱くなっている。
夏なんだから、涼しく過ごしたいものですね。

靖国神社という言葉を初めて聞いたのは、記憶をたどると父の実家の縁側だったと思う。
戦前生まれの叔父が新聞を読みながらなんだかんだ言っていた。
たぶん21年前の首相の参拝の記事だと思われる。
叔父はすぐに話を変える人なので、そのときもいつも話す
「終戦前に海岸に米国の船が並んでて、日本の負けを早く知ったのだぞ」
という話をしてたはずだ。
それ以降、あんまり靖国神社の話を聞くことはなかった。

ある新聞の社説には、静かに迎えてこそ終戦記念日なんて書いてあったが、平和を維持するためには今日みたいな騒がしい議論も必要だろう。議論がないってのは、ある意味異常な社会だということは61年前に体感したんではないだろうか。

小さい頃に、戦争の体験談を話すという番組(戦争をしってますか?とかいうタイトルだったような)をみて、戦争が起こったらどうしようと考えて寝れなかったことがあった。内容がハードだったからなぁ。それくらいのインパクトを小さい頃に受けているので絶対に戦争は嫌だ。軍人だけでの戦争なんてありえない。民間人なんて区別なく殺されるんだから。今の中東をみれば明らかだ。平和の尊さをかみしめて生きていかなければ。だからといって…

駄文の前置きが長くなったのですが、腰痛のため昼から寝ながら考えたことをメモとして書いてみる。


Rightな人への考え。
ナショナリストなんてのは簡単になれるから不思議だ。国を愛してるなんていえば誰でもナショナリストであり、それを否定するのは難しいだろう。だから、右ですって言うんだろうな。他人(他国)をみて自分のことを優位と確認している人多いからだろう。しかしながら、最近右な人が増えすぎていないだろうか?昔、右の人ってのは黙って暗殺をするものだと教えてくれた人がいたが、(批判をおそれずに言えば)概ねういう考え方はあってるんだろうな。


Leftな人への考え。
そもそも日本は61年間戦争を公式にしていない。職業軍人的でない人が国内で戦火にまきこまれたことはないはずだ。少しでも「戦」的なことはすべて排除するというのは、ある意味間違っているのではないだろうか。原爆の資料館から展示を控えたりすることこそ「戦」につながるんじゃないか?声高に叫ぶだけが戦を防ぐ方法でないはずだ。利権を守るために反戦する人ってのはどうなんでしょうね?


あの人達への考え。
そもそも、英霊なんていうなら権力闘争の道具に参拝を使うなよな。それ自体が英霊に対して失礼ではないだろうか?詰まるところ、この人およびこの人達の浅はかさがそこにあるように思えて仕方ない。5年前からこの人は駄目だと思ってたけど、なんでマスコミは言わないのだろうか?

以上、終戦記念日の戯言でした。

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